芸術って、誰のため?何のため?

実家の里山の心象風景

まさか自分がこんなに描きたくなるなんて

5月29日から、毎日絵を描いています。
正直、自分でもびっくり。
「こんなに描きたい気持ちがあったなんて!」と。

でも考えてみれば、小さい頃から何かとモノ作りはしていたし、人に見せはしなくても絵は描いていました。
音楽をやると決めていたから、美術は半分封印していたのかもしれません。
どちらも「表現」であり「創造」なのにね。

私が描くことは誰の役に立つ?

そんな日々を過ごしながら、ふと考えました。
「この絵は、誰の何の役に立つんだろう?」と。

  • 「絵なんて描けない」と思っていた人が、描けるようになるかもしれない
  • 「私も何かやってみよう」と思う人が出てくるかもしれない
  • 「きれいだね」と、誰かの感情が動くかもしれない

私が描くことで、誰かの背中をそっと押せるかもしれない。
誰かの「表現したい」という気持ちを後押しできるかもしれない。
そう思うと、筆を取る意味がまたひとつ増えます。

音楽も美術も、生きていく上で必要なもの

美しいものに感動すること。
心から求めること。
勇気をもらったり、感情が揺さぶられたり。

日本では「芸術は自分には関係ない」と思われがちですが、私はそうは思いません。

幼少期に育まれた感性

子どものころ、階段下の収納の扉を開けると、そこにはルノワールの絵が貼ってありました。
父の部屋には、大きなスーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」が。

当たり前の風景のように見ていたけれど、毎日見ることで感性を育ててくれていたんだと、今では感謝しています。
「何を美しいと感じるのか」
「その絵を見て自分はどう思うのか」
そんなことを考える時間は、確実に私の中に残っています。

誰かの表現のスイッチになれたら

私の拙い絵を見て、誰かが自分の中の表現したい何かをフツフツさせてくれたら…。
「私もできる!」と勇気を出してくれたら…。
そんな瞬間があったら、本当に嬉しいです。

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