我が家のクリスマス

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最近、実家から私が得たものは何だろうかと考えることがあります。

昨日は家族でクリスマス会をしました。もともと母方の祖父母は厳格なクリスチャンでしたが、我が家は母以外はノンクリスチャン。それでも私と妹と父母だけのときは母のお祈りから始まる、いわゆるクリスチャンのクリスマスでした。

それが夫2人が加わったクリスマスになり、今年は父が始まりの時にふと言いました。「うちはご飯を食べるだけのクリスマスですから。いろんな宗派の人がいますからね。」

それって、日本の多くのご家庭では当たり前ですよね?ご飯を食べて飲んで、忘年会を兼ねたクリスマス。だけど、我が家ではお祈りから始まるクリスマスで、そんな母に父が付き合ってずっときたための一言だったと思うのです。

それを聞いて、私がことあるごとに「もっと自由にすればいいじゃないか」とゆるい感覚になるのは、宗教観が違う人が集まった家族だったからなんだと思いました。

違う宗教観を持つ人が集まる中では、お互いに大事だと思うことを強制してはいけないと思うのです。だけど皆一様に求めるものは、平和や愛であり。そこは幾つかの円が集まった時に少しだけ重なった部分のよう。

付かず離れずの関係でお互いが大事にすることは尊重するけれども、共通認識として大切にすることは確認して、それを大切にする。

その感覚を自然に吸収できたのが、また我が家の良さであったなあと思ったのでした。