教えるということ

今日もヨガに行ってきました。

ヨガの後、近くのカフェでお昼を食べようと思って、
レジに貼ってあったメニューから選ぶと
店員さんが「下からお飲物をお選びください」と言いました。
一瞬、????。
下って?どこの下?
しばらく分かりませんでした。
そして・・はっとしました。
これがヨガの時間との違いだな、と。
ヨガの時間では
右足のどこを持ってそれを左足のどこに近づけて
骨盤は浮かせないで、そのまま右手を伸ばして・・と
事細かに言葉によるアシストが入ります。
それによって下を向きながらでもその動きが出来るわけです。
カフェだけでなく、普段生活していると
そこまで細かい助けはないですものね。
ヨガの時間は特別なのかもしれません。
それにしても、その言葉掛けは
左右反対から生徒を見ながら言っていながら
滞り無く発せられ、
まるで自分の身体を知り尽くしたかのように
ジャストなタイミングで言葉が入ります。
インストラクターが、身体の動き、陥りやすい癖ややりにくい事などを
自分の身体で理解しているからこそ、なのでしょう。
翻って発声や歌のレッスンを顧みてみれば、
「そのあたり」とか「こういう感じで」という言葉が多い事に気がつきます。
どこの筋肉をどう使うか、それは具体的にどこにあるのか。
生徒さんにとってまるでその言葉によるアシストが、
自分の声であるかのように自分の身体の動きに沿っている必要があります。
今の声は良かったのか違ったのか、
それも自分の身体で反応して即座にyes noを判断できないとなりません。
「教える、というのも技術のいること。」と
改めて思った出来事でした。

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