シバナンダヨガ

今日、久しぶりにヨガへ行って来ました!

レッスンは私にとって初めてのシバナンダ。
そのスタジオは2回目でしたが、今日は初めてのティーチャー、初めてのメンバー。
それに対して戸惑いや心身の緊張、強ばりがありました。
ヨガの間、肩や首が固まってしまったり
ティーチャーに自分が出来ない責任を押し付けようとしたり(心の中で)、
良く見せたい、うまくやりたいという気持ちが寄せては返します。
私が経験したアシュタンガなどの流れるヨガと違って
シバナンダヨガはもっともっと静か。
そして、シャバアサナ(死体のポーズ)を入れながら
自分の身体を緩めて自分と向き合いながら進んで行きました。
最初は、なんか物足りない・・と思っていたのだけれど
終わりごろには自然と自分の内面に意識が向いていて、はっとしました。
とても内面的なヨガだなあという感想です。
途中でヘッドスタンド(逆立ち)へ向けての練習がありました。
私は、今迄怖くて、どのスタジオでも逆立ちを一度も試した事がありませんでした。
いつも見ているだけ。
でも今日のレッスンでは、私のような者向けの練習を教えてもらいました。
やってみると、それだけでも随分怖さが軽減されるような気がしました。
怖くても少しずつ足場を固めていくことが、
自然と怖さを克服して課題を越えさせてくれると教えてくれました。
そして、何より、マントラを先導するティーチャーの声が心地よかったのです。
それに合せて私も声を出していきました。
言葉が節に乗って、身体を通って出て行くだけ、それだけのことなのに
なぜだろう。水の中に漂うような、空をふわりふわり飛ぶような感覚。
声の振動が身体の細胞を震わせる感じ。
マントラで落ち着くなんてないと思っていたけど・・・あるかも!
「暴力をなくしたい」というティーチャーが、
レッスンの最後にみんなに伝えた
「周りの人、生きとし生けるものが平安であるように思って合掌」
という言葉に、心震えました。内容にではなく、その背景に。
ヨガでそのような言葉を聞いたのは初めてでした。
それは彼女自身が歩んで来た道のりから出て来た言葉だったと思います。
彼女には彼女自身を活かせるやり方がある。
私にも私なりのやり方で人に伝えられるものがある。
みんな人と同じではないということ。
そういうことを、最後のこの言葉が学ばせてくれました。
奥深い時間でした。感謝!

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